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特殊清掃 死体と向き合った男の20年の記録: 特掃隊長

KindleUnlimited で「特殊清掃」という興味深いタイトルに惹かれ読んでみました。読み進めると、普段は知り得ない「人の死」を身近に感じることができ、また「死」について深く考えさせてもらえる良書でした。

数々の話は、元々ブログで展開されていたようで、その中から選び出されたもののようです。著者の特掃隊長はとても文章上手で、グイグイ読み進めることができました。...はて?何を基準に文章が上手だと感じたのかは、オレオレ基準だけど、直感として、一話一話にオチがあり(面白いとかそういうのではなく、いや、読み物としては面白い、いや、人の死に書かれたものを面白いとは何事や)心のダークな部分まで著者の感じたことを正直に話されているところが凄く共感できました。

死語も印象的で「汚風呂」っていってみたり、でも、自分がそんな仕事できるのかと言われば、意外とできるかもしれないけれど、やっぱり、人の死に向き合う仕事はやりがいも深いだろうな、と思います。

死を身近に感じることで、「人生とはなんぞや」「生きる意味とは」を再考し、またより良き生き方を提示してくれるようなアドバイスが書かれていたり、とても読んで良かったと思っています。

とて、基本的に「特殊清掃」と言われるぐらいなので、話の内容は、人によってはかなりグロテスクに感じるかもしれません。が、誰でも魂が抜けると身体は腐っていくもの。生きとし生けるもの全て同じです。なので、グロテスクと感じるのもどうなのか、と感じたりもするのですが、理由はともかくですね、ダメな人はダメだろうから、そういう方にはオススメはしません。

特殊清掃 死体と向き合った男の20年の記録 Kindle版

「特殊清掃」とは、遺体痕処理から不用品撤去・遺品処理・ゴミ部屋清掃・消臭・消毒・害虫駆除まで行う作業のこと。通常の清掃業者では対応できない特殊な清掃業務をメインに活動している。

孤立死や自殺が増え続ける、この時代。その凄惨な現場の後始末をするなかで著者が見た「死」と、その向こう側に見えてくる「生」のさまざまな形は、読者を不思議な感動に誘う。

「特殊清掃」
今はいろいろなところで使われている言葉だが、もとは私の会社がつくった造語。そして、当社は、この特殊清掃の先駆企業である。

仕事の内容は、人間遺体・動物死骸・糞尿・山積ゴミなどに関係する特殊な汚染汚損を処理するというもの。
凄惨な現場に遭遇することや過酷な作業を強いられることも多く、陽の目をみることが少ない汚仕事である。

以下、自分がハイライトした箇所です。

生き腐れ

死に向かって、確実に過ぎていくいまを、腐って生きるのか新鮮に生きるのか・・・。
普通に考えれば、腐って生きるなんて、そんなもったいないことはできるはずもない。
・・・しかし、実際は腐って生きてしまう。
腐りそうになったら、「今日一日で自分の人生は終わり」と仮定してみるといいかもしれない。

軽い柩

他人の痛みを自分の胸の痛みとする。
それが、人がきれいに生きるためのコツのように思う。

人生の金メダル

人にはそれぞれ、定められた運命、宿命がある。
偶然なんてなにもなく、すべてが必然。
生き方だけでなく寿命もそう。
長寿の末に老衰死だけが完走ではない。
事故死だって病死だって、若い死だって完走は完走。気の毒ではあっても、敗者ではない。誰に劣るわけでもなく、卑屈になる必要もない。

苦い薬

自殺志願者の気持ちは少し理解できる。
ただ、無責任なことを言うようだけれど、とりあえず空気を吸い、何かを食べ、雨時々曇りの人生でも、惰性でもいいから、もう少し辛抱してこの世に存在してみたら、意外なところから陽が照ってくるかもしれない。
本当は、いくつかの道がまだ残っているのに、余計なプライドや世間体とか怠け心(甘え)が、自分の歩みを邪魔しているってこともあると思う。
いくら生きていたくても寿命ばかりは自分で決めることはできない。
言葉はおかしいが、「人は、生きている限りは生きなければならない」のだ。いつか来る終わりの日まで。

犬と柿と別れの宴

長寿だろうが短命だろうが、誰にでも生きた証は残る。
犬が元気に吠える声、柿の甘さ、宴の活気から生きることのエネルギーを感じた。
「この故人は、かけがえのない多くの宝物を残したな」としみじみ思いながら、静かに宴を抜けた私であった。

〇×△

人生は、最終的な合計点を人と争うものではない。一日一日、一瞬一瞬の生き方を自分と競うもの。そして、その瞬間、瞬間に、さっきまでの×をリセットできる特典が与えられているもの。
「先に死んだ人の分まで、かんばって生きよう」
なんて、故人を喰うような思いは持ちたくないけれど、
「先に死んだ人が教えてくれたことを糧にして、前向きに生きていこう」
と、私は思っているのである。

メメント・モリ

常に死を意識せざるを得ない仕事をしていると、毎日のように自分の死を考える。その上で、「いまを大切に生きる」ことがプレッシャーになることが多い。知らない方がいいことを知ってしまい、考えない方がいいことを考えてしまう。
難しいことを考えていくと脱出不能の迷路にハマってしまうので、ある時点で余計なことを考えるのをやめることも「いまを大切に生きる」ことに必要な、大切なテクニックかもしれない。

天居

「歳を重ねていけば、そのうちわかりますよ。ただね・・・人生は、過ぎてみると短いものですから、よ~く考えて生きないとダメですよ」

おわりに

私は、人生を、”偶然という名の必然”に支配された”現実という名の夢幻”だと思っている。
そして、生きることは権利ではなく、責任であり義務であり、ときに指名であると考えている。
そのなかで、自分の死や愛する人の死・・・つまり、人生と残された時間の有限性を知ることが大切だと思っている。

社会や病気に対して身体は不自由でも、心には”自由”という力を持つ。そして、その心がよりよい生き方を求め、その生き方を決める。

私は、長く生きることも大切だけれど、”どう生きるか”の方がもっと大切なのではないかと思っている。

死を想いながら自分の心に聞いてみるといい。
そうすると、深層心理に眠る理性と良心が、残された時間の希少性に目を醒ましてくる。
そして、それが、自分が直面する物事の優先順位を再考する知恵を与えてくれる。自分にとって本当に大切なものは何(誰)かを見極める視力を与えてくれる。

家族や身近な人に「ありがとう」「ごめんなさい」を言う勇気とプライドを持つことを。小さなことにもそう思える、謙虚な感受性を育むことを。

愛する家族も仲のいい友人も、そして、自分自身も当たり前に存在しているのではない。縁起でもないことを言うようだけど、次に会える保証はどこにもない。
だから、伝えるべきことは後回しにしないで、今、伝えた方がいいのではないだろうか。人の幸福は、そんなところから生まれるものだと思うから。

特殊清掃 死体と向き合った男の20年の記録 Kindle版

「特殊清掃」とは、遺体痕処理から不用品撤去・遺品処理・ゴミ部屋清掃・消臭・消毒・害虫駆除まで行う作業のこと。通常の清掃業者では対応できない特殊な清掃業務をメインに活動している。

孤立死や自殺が増え続ける、この時代。その凄惨な現場の後始末をするなかで著者が見た「死」と、その向こう側に見えてくる「生」のさまざまな形は、読者を不思議な感動に誘う。

「特殊清掃」
今はいろいろなところで使われている言葉だが、もとは私の会社がつくった造語。そして、当社は、この特殊清掃の先駆企業である。

仕事の内容は、人間遺体・動物死骸・糞尿・山積ゴミなどに関係する特殊な汚染汚損を処理するというもの。
凄惨な現場に遭遇することや過酷な作業を強いられることも多く、陽の目をみることが少ない汚仕事である。

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